糖尿病は働き盛りの世代でかかることが多いので、その結果両眼の網膜症により視力低下を起こすと、運転免許を更新できず返納することになったり、細かいものが見えないために仕事内容の変更に迫られたり、重症の場合は食事など身の回りの日常的なことにも介護を要する状態になったりすることもあり、社会生活に大きな影響を及ぼす恐れがあります。その意味で、片眼の怪我などと比較するとはるかに危険です。
糖尿病網膜症に自覚症状はあるの
糖尿病網膜症は最終的に失明する病気ですから、視力障害という自覚症状が必ず生じます。 しかし、治療する側から言うとこの症状が出た時には既に手おくれに近い状況で、そこから治療に入っても低視力が生涯続いてしまうこともあり、また治療によっても進行を止められず、結局失明を免れない場合すらあります。 糖尿病網膜症は定期的に眼底検査をしていれば、視力に異常がない内から発見できますから、糖尿病と言われたら、見え方に異常がない内から眼科専門医で定期的に検診を続けて、少しでも早く網膜症の発生を見つけることが重要なわけです。下の写真のうち、♠印の眼には自覚症状がありません。
糖尿病と言われたら
上記のことから、健診などで糖尿病を指摘されたら、眼が悪い感じがしなくても、とにかく一度は眼科専門医で診てもらいましょう。また、糖尿病があるといわれている間(少なくとも糖尿病治療薬等が必要な状態の間)は、その後も定期検査を続ける事が重要です。定期検査の目安は、糖尿病そのものの状態にもよりますが、網膜症がなければ1-2年に1回、単純網膜症なら3-6ヶ月に1回程度の定期検診が推奨されます。治療が必要となる増殖前網膜症・増殖網膜症となると、放置すると50%は0.1以下の視力になりますから、専門的な治療を行ったうえで、1-3か月に1回の定期検査を勧めます。
糖尿病網膜症の起りやすい人はあるの
あります。
- 若いうち(20歳以前)から糖尿病にかかっている人は、高齢で糖尿病を発症した方と比べると当然生涯の中で糖尿病になっている期間が長くなり、また糖尿病そのものの安定化も難しい場合が多く、網膜症が出現して視力が侵される頻度が高くなります。自験例では1型糖尿病の方でごく早期に治療を開始し、既に20年以上が経っていますが、十分に視力を維持している人が3名おられます。しかし、治療の開始の遅れた人では、その経過は極めて不良です。
- 糖尿病を指摘されて治療を続けていながら、急に治療の中断をした人も問題です。例えば12年間治療を続け、1年間放置しますと、当然、血糖値は上がり気分が悪くなります。此の為に糖尿病治療の再開となりますが、再開後4ヶ月後に視力が落ちることが少なくありません。
- 糖尿病の治療を受けているものの、血糖のコントロールが改善しない人も問題です。高血糖が続くために、網膜の血管は障害されやすくなり、結果として増殖網膜症やルベオーシスを発生します。
虹彩ルベオーシス(ルベオーシス緑内障)って何だ
糖尿病網膜症が末期にさしかかったときに出る所見で、網膜の血管閉塞が進み、眼内全体が血液不足になった結果、瞳孔の周りに拡張した血管が現れます。これがルベオーシス(虹彩紅色症)です。この後、眼圧が上がってその結果緑内障 となり、視神経が侵されて失明します。ルベオーシスによる緑内障の場合、それ以外の緑内障と比して眼圧を下げて安定にすることが非常に難しく、完全な失明を免れない場合もいまだにあり、それをなんとか防げても、生活上十分な視力を保てない場合がまだまだあります。 治療は大量の網膜光凝固を早急に行うこと(このために硝子体手術を行うこともあります)と、最近では抗VEGF製剤の硝子体注射が効果的ですが、緑内障が進行してしまうと、ルベオーシスや網膜症が安定になっても視力の改善は望めなくなりますから、やはりルベオーシスを生じる前に眼の治療をしておくことが理想的です。
糖尿病網膜症にかかって失明しない方法はあるの
方法はあります。
- 内科の治療を受けて、その治療の中断をしないこと。
- 糖尿病網膜症を専門としている医療機関に定期的にかかること。
- その上で、適切な時期に網膜光凝固治療・硝子体手術などを受けること。
糖尿病黄斑浮腫とは
上の写真は62才の女性の眼底で、右は視力0.9ですが、左は0.3です。両眼とも赤い出血斑と白い硬性白斑が多数みられますが、これは単純網膜症の状態で、視力障害を感じていなくてもおかしくない時期の眼底です。にもかかわらず左眼は視力低下を生じているわけですが、この左右の差は矢印の部分から起こっています。
この部分を黄斑といい、視界の中心を見るための網膜の部位で、ここには最も性能がよい神経細胞が集まっています。0.1以上の視力は全てここから発生しており、逆にここが障害されると大幅に視力が落ちます。左眼ではこの黄斑が障害されており、これが視力低下につながっています。
この写真はOCT(光干渉断層計)による黄斑の断層像で、これを見ると眼底写真と比べて奥行き方向で違いがあるのがわかります。右眼の黄斑は正常の形態ですが、左眼は中央が膨らんで盛り上がっています。これが黄斑のむくみ(黄斑浮腫)で、こうなると黄斑の神経細胞は正常に働かなくなり、視力が低下したり、ものが歪んで見えたりします。これは網膜症が比較的軽症のうちから出現する可能性があり、前述のことからいうと病期が早いうちから自覚症状が出て眼科を受診するきっかけになるのですが、治療によっても黄斑浮腫が解消せず、視力が改善しないこともあるため、黄斑浮腫のみで失明することもないのですが、やはり厄介な病態です。治療としては、病状に応じて内服治療、光凝固治療、注射、硝子体手術等を組み合わせて考えます。糖尿病黄斑浮腫の硝子体注射による治療が、昨今で最も治療法が大きく変わってきたところです。
糖尿病のコントロールを開始したが、眼科にかかったら光凝固が必要と言われた。どうすべきか。
光凝固の施行はしばらく見合わせるべきです。
光凝固が必要と指摘されたという事は網膜症が相当進んでおり、かなり以前から糖尿病にかかっていたということを意味します。その状態から糖尿病の治療を開始したということは、上(糖尿病網膜症の起りやすい人はあるの)の設問の(2)にあたり、つまり糖尿病網膜症による黄斑浮腫が発生・進展しやすい時期ということです。光凝固は糖尿病網膜症の進展を阻止する為に必須の治療ですが、約30%の人で治療したために黄斑浮腫が生じるという問題があります。したがって、糖尿病の治療を開始した同じ時期に光凝固を開始しますと、黄斑浮腫を生じた結果、視力がさらに低下するということがあるわけです。光凝固の開始は、許されるならば、内科の治療つまり血糖コントロールが安定した後におこなうのが望ましい訳です。
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